福岡地方裁判所 昭和36年(ワ)18号 判決 1961年7月18日
原告 太田雅章
被告側補助参加人 国
訴訟代理人 中村盛雄 外一名
被告 中川康隆
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、請求の趣旨
被告は原告に対し、福岡県筑紫郡筑紫野町針摺字山伏ケ浦五七一番地の一、山林一町二反六畝歩の土地上にある木造瓦葺平家建住家一棟建坪一五坪を収去の上、該土地を明渡さねばならない。訴訟費用は被告の負担とする。担保を条件とする仮執行の宣言。
二、原告代理人の主張する請求原因事実。
原告は福岡地方裁判所昭和三三年(ケ)第五三五号不動産競売事件において、右請求の趣旨記載の本件土地を競落し、昭和三五年三月四日競落許可決定を受けて右決定は当時確定したので、原告において所有権移転登記をも受けたものである。しかるところ被告は原告に対抗し得るなんらの権限もないのに、右土地上に請求の趣旨記載の建物を建設所有して右原告所有の本件土地を不法に占有しているので、被告に対し右建物を収去の上、該土地の明渡を求める。
三、被告及び補助参加人の答弁に対する主張、再抗弁。
(一) 被告及び参加人の答弁中、本件土地が参加人国の所有であること、参加人主張の買収令書が昭和三二年七月一五日訴外足立知信に交付され、同訴外人がその対価の受領を拒絶して、参加人主張のように供託されたこと、訴外足立知信と同岩田良一との間の本件土地贈与契約が無効であり、従つて原告の本件土地所有権の取得が無権利者からの取得であること、以上の点はこれを否認する。これらの点を除きその余はこれを認める。
(二) 本件土地は昭和二四年八月一日自作農創設措置法(以下自創法と略記する)第四一条により訴外足立知信に売渡されたものであるが、その後農地法第七二条に基き参加人が昭和三二年一〇月一五日これを買収したものである。ところで農地法施行法第一二条によれば、農地法施行前に自創法第四一条により売渡した農地を農地法第七二条により国が買戻し得る期間は、売渡した時期から起算して八年以内でなければならない。従つて右期間経過後の買収処分は違法であつて買収の効果を生じないものである。国が本件土地を自創法第四一条により訴外足立知信に売渡したのは昭和二四年八月一日であつて、これを同人から買収したのは昭和三二年一〇月一五日であるから、売渡した時期から起算して八年を経過しているので、右買収は無効であり、従つて参加人国は所有権その他なんらの権利をも有しないものである。
農地法第七二条にいわゆる買収とは所有権を取得することを指称するのであつて、その時期は被告及び参加人主張のように買収令書の交付時期ではなく、買収令書に記載された「買収の期日」をいうのであるから、該期日が売渡の時期から八年以内に到来しなければならない。このことは次の法解釈からも明らかなところである。すなわち、(イ)農地法第七二条第一項にいう「買収」とは特別の理由がない限り所有権の取得を意味する。(ロ)同法第七二条第一項の「買収」と同法第二項第三号の「買収」とは同一義と解する。(ハ)農地法施行法第一二条は「売渡の時期から起算して八年」と規定しているが、ここにいう売渡の時期とは売渡通知書に記載された売渡の時期を指称することは同法施行法第一二条の「旧自創法第四一条第二項で準用する同法第二〇条第一項の売渡通知書に記載された売渡の時期から起算して五年を経過した後」とあるに徴し疑の余地がない。売渡と買収との統一的解釈上、期間八年の満了点は買収令書に記載された「買収の時期」と解する。
(三) 訴外岩田良一は昭和二九年一〇月四日訴外足立知信から本件土地の贈与を受け同日その旨所有権移転登記を受けたものである。被告及び参加人は、右贈与は農地法第七三条の規定に違反し無効であるというけれども、左記理由により右贈与は有効であり、少くとも訴外岩田良一のした抵当権設定行為は有効であるから、右抵当権の実行による競売手続によりこれを競落した原告は適法に本件土地の所有権を取得したものである。すなわち
A 右贈与における当事者の意思は少くとも贈与が法的に可能になつた場合は効力を発生せしめる、いわゆる停止条件付贈与契約を含む趣旨のものである。従つて売渡の時期から八年間に国からの買収処分がなく当該期間を経過し、訴外足立知信において法的に自由処分をなし得るに至つた昭和三二年八月一日に停止条件は成就し、少くとも同日以降贈与はその効力を発生しているものであるから、その後の昭和三三年九月二二日に至つて受贈者である訴外岩田良一のした抵当権設定行為は有効である。
B 仮りに右贈与が被告ら主張の理由により無効であるとしても、贈与者である訴外足立知信は無効原因の止んだ昭和三二年八月当時右贈与契約を追認しているから、右追認により新たな贈与契約が成立したというべきである。従つてその後における右訴外岩田良一のした抵当権設定行為は有効である。
C 仮りに以上の主張がいずれも認められないとするも、本件土地は訴外足立知信の所有に属しているものであり、訴外岩田良一は第三者の所有土地に抵当権を設定したものであるが、これについては農地法に違反するものでもなく、又訴外足立知信の意思に反するものでもないから、訴外岩田良一のした抵当権設定そのものは有効である。
(四) 仮りに参加人国の本件買収行為が有効であるとしても、右買収に基く所有権取得については登記を経ていないから、参加人はその取得をもつて原告に対抗し得ないものである。
四、請求の趣旨に対する被告及び参加人の答弁。
主文と同旨。
五、請求原因に対する答弁及び主張。
(一) 原告の主張事実中、原告がその主張の不動産競売事件において、本件土地を競落しその所有権を取得したとして所有権移転登記を受けたこと、被告が右土地上に原告主張の建物を建設所有していることは認めるが、その他の事実は否認する。
(二) 本件土地は福岡県知事が昭和二二年一〇月二日自創法第三〇条に基き買収したもので、これを昭和二四年八月一日同法第四一条により訴外足立知信に売渡したものである。ところで参加人国は農地法第七一条同法施行法第一二条により昭和三〇年八月三一日及び昭和三一年五月一四日に右農地の状況を検査したところ、訴外足立知信は東京都に転出し本件土地を農地に供していないことが明らかにされたのでこれを買収することとし、福岡県知事において昭和三二年七月一五日前記訴外人に対し買収の期日を同年一〇月一五日と指定した買収令書を交付した。ところが右訴外人は買収対価の受領を拒否したので、同年一〇月八日右買収対価を供託した。従つて本件土地に対する買収処分は右令書を訴外人に交付した昭和三二年七月一五日にその効力が生じこれにより参加人国において本件土地の所有権を取得したものである。
農地法第七二条は売渡した土地等の買戻についての規定であつて、同条但書は買戻期間経過後の買収を禁じているのであるが、買戻可能期間内に所有権まで取得しなければならない趣旨ではない。けだし同条第二項により明らかなように同条にいう買収とは買収令書の交付をもつて行われ、当該買収令書の交付が買収可能期間内に行わればこれで足るもので、土地の所有権取得の時期を買収可能期間内に制限しているものでないからである。従つて本件土地を訴外足立知信に売渡した時期である昭和二四年八月一日から起算して八年の買収可能期間内である昭和三二年七月一五日に右訴外人に買収令書の交付がなされた以上、右県知事の本件土地買収処分は適法になされたものといわなければならない。
(三) ところで訴外足立知信は昭和二九年一〇月四日本件土地を訴外岩田良一に贈与したとして同日その旨の登記をしているのであるが、本件土地の所有権を移転するについては農地法第七三条、同法施行法第一二条により農林大臣の許可を受けなければならないのに、その許可を受けずに贈与されたものであるから、訴外岩田良一は本件土地所有権を取得しないものである。従つて右訴外岩田良一に本件土地所有権ありとして同人の債権者合資会社柴六商店からの申立により同商店のため設定された抵当権実行による競売において原告がこれを競落してもその所有権を取得する謂れはない。
六、証拠関係<省略>
理由
原告が福岡地方裁判所昭和三三年(ケ)第五三五号不動産競売事件において、原告主張の本件土地を競落し、その所有権を取得してその旨移転登記を受けたことは当事者間に争がない。
本訴における第一の争点は、福岡県知事が訴外足立知信に対してした農地法第七二条による本件土地の買収処分が適法であるかどうかである。そこで先づこの点について審按する。
各成立に争のない乙第一号証の一、二、第二号証の一ないし五、第三号証を綜合すれば、福岡県知事は自創法第四一条により訴外足立知信に売渡された本件土地を農地法第七二条により買収することとし、昭和三二年七月一五日、買収の期日を同年一〇月一五日、対価を金二、八〇八円と定めた買収令書を同訴外人あて郵送して交付したところ、同訴外人はその交付を受けながら買収対価の受領を拒否したので、同年一〇月八日農林大臣の名をもつて右対価二、八〇八円を供託したことが認められる。
原告は、農地法第七二条による買収は、訴外足立知信に売渡された昭和二四年八月一日から起算して八年以内でなければならないのに、その期間を経過した昭和三二年一〇月一五日を買収の時期と定めてした本件買収処分は違法であると主張するけれども、農地法第七二条は売渡した土地等の買戻に関する規定であつて、同条第一項但書において買戻期間経過後における買戻を禁じているが、買収が買収令書の交付をもつてなされるものであるから、当該買収令書の交付が右買収可能期間内に行われればこれをもつて足るものと解するを相当する。従つて右買収令書に記載された買収の時期が右期間経過後の時期に指定せられていても買収手続としては違法ということはできない。本件において訴外足立知信に対する本件買収令書が農地法第七二条同法施行法第一二条により売渡の時期である昭和二四年八月一日から起算して八年以内である昭和三二年七月一五日に交付されたものであることは前認定のとおりであるから、右買収令書に記載された買収の時期が八年の期間経過後の同年一〇月一五日と指定されていても右買収手続にはなんら違法はない。原告代理人の主張は独自の見解であつて採用し得ない。
従つて参加人は農地法第七二条により本件土地を適法に買収しその所有権を取得したものというべきである。
次に訴外足立知信と同岩田良一間の贈与契約の効力ないし右岩田良一のした抵当権設定行為の効力について判断する。
訴外足立知信が昭和二九年一〇月四日本件土地を訴外岩田良一に贈与し、同日その旨の登記をしたこと、そして右贈与について農林大臣の許可を得ていないものであることは当事者間に争のないところであるから、農地法第七三条、同法施行法第一二条により右贈与は無効のものというべきである。
原告は右贈与は停止条件付贈与契約を含む趣旨のものである。仮りに贈与が無効であつたとしても訴外足立知信において追認していると主張するけれども、かような事実を認め得る証拠はない。更に原告は本件土地所有権が訴外足立知信に存していたとしても訴外岩田良一のした抵当権設定行為そのものは違法でないというけれども、訴外岩田良一が本件土地を自己所有のものとして、これについて抵当権を設定したものであることは弁論の全趣旨に照らし明らかなところであるから、右抵当権設定行為そのものを有効なりとする原告の主張は採用の限りでない。
次に原告は参加人において本件土地所有権取得の登記がないから第三者である原告に対抗し得ないと主張するが、参加人が農地法第七二条による買収によつて本件土地所有権を取得したものであることは既に認定したとおりであるから、その所有権取得については登記なくして何人にも対抗し得るものと解するから、原告の右主張も採用することはできない。
以上説示のとおりであるから、原告の本訴請求は失当として棄却すべく、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小西信三)